Thriller40周年エクスパンテッド・エディション

thriller40

Thriller40周年エクスパンデッド・エディションは、史上最高の売り上げを記録したモンスターアルバム「Thriller」の発売から40周年を記念して、2022年11月に発売されました。
2枚組のアルバムで、1枚目はオリジナルのスリラー収録曲、2枚目は10曲の未発表曲が収録されています。
このページでは2枚目に収録された未発表曲のレビューを書きます。

40周年キャンペーンをきっかけに、あらためてThrillerという作品を見直しました。
今まで個人的にThrillerに対する思い入れはあまり強くなかったので、アルバム全体を通して聞くことがほとんどありませんでした。
Thriller40の発売が決まってから、マイケルの自伝(MOONWALK)Man In The Musicという本を読んで研究し、爽やかでポップなサウンドの裏に隠されたマイケルの野望、努力、戦略を知りました。
40周年記念に向けて書いた「Thriller全収録曲のトリビア」まとめ記事

10個の未発表曲からは、完成版のThrillerとはまた違う、やさしくて温かい空気を感じます。
愛情を込めて制作した結果、さまざまな理由でお蔵入りになってしまった作品たち。Thrillerが放つ輝かしいオーラの舞台裏をのぞいている気分になります。
印象的なのはCarousel, Behind The Mask, What A lovely Way To Goの3曲。
とくにWhat A Lovely Way To Goだけでもアルバム1つ買う価値があります。

Xscape以来、8年ぶりのアルバム公式リリース。2022年5月にこの企画が発表されたとき、MJファンのリアクションはやや荒れてました

  • アートワーク(ジャケット写真)がダサい
  • フォントがダサい
  • どうせガチの未発表曲なんて発表されない

Dangerous30はどうなるんだ!
History25はどうなるんだ!
Invincible20はどうなるんだ!
だれかおしえてくれ!
あああああ~~(Earth Song風)
(↑ これは私の心の声です)

それから少し時間を置いて突然発表されたのが、"Behind The Mask"デモの収録。
そして右上にカーブのかかったタイトルが印字された謎の画像。

その後1週間に1曲ずつ収録曲が発表されて「40」が完成するという、ユニークすぎる告知方法が展開されました。

1曲ずつフォントが違うセンスにジワジワくるww
この発表から「ガチの未発表曲」もちゃんと収録されることが分かり、毎週木曜日に収録曲が発表されていた時期はめちゃくちゃワクワクして幸せでした。

あらためて多数の未発表曲を聞くと、マイコーのアルバム制作に対する厳しさを実感します。「普通に良い曲」がことごとく落とされてるのです。
全力で作った何十曲、何百曲から、みんながあっと驚くインパクトのある良曲を選ぶ。
その過程で「普通の良い曲」が大量に葬られていく。
だからクオリティーの高い未発表曲にもファンが付くし、マイケルが亡くなってから「眠っている大量の未発表曲を全てリリースしろ」という意見が絶えません。

ネット上には誰かがリークした未発表曲の音源が大量に転がっていて、中には音質の悪い物や真偽不明なものもあります。
私は「リリースしないという選択も尊重するけど、公式からリリースされたら喜んで聞く」というスタンスです。
マイコーがもう居ないのだから、本人の意向が分からない。
考え抜いた結果「リリースしない」と決めた曲を、本人の意志に関係なく発表してよいのだろうか?
「良い曲だから」「ファンが喜ぶから」「もったいないから」出せば良いという意見は、マイコーはじめクリエイター達へのリスペクトに欠けています。
ただ、ずっと大量の未発表曲を抱え込んでいると、悪い人に盗まれて悪用されるというリスクも…
なかなか難しい問題です。

Starlight

ロッド・テンパートンが作曲した"Thriller"は言わずと知れた音楽史に残る大ヒット曲。
もともとStarlightというタイトルで、2人で一緒に世界を明るく照らそう」的な明るいストーリー。
メロディーはThrillerと同じでも、ホラー要素は全くありません。
さらに、アルバムのタイトルもStarlightになる予定でした。
マイケルはこの案を拒否。「Starlightはありきたりすぎる。他の先鋭的な曲(Billie Jean, Wanna Be Startin' Somethin'など)に合わない。」と意見しました。

作曲者のロッド・テンパートンは帰宅後、200~300ほどのタイトルを書き出してから眠りにつき、朝起きた瞬間に"Thriller"というタイトルを思いついたのです。
そして全く違うコンセプトで書き換えられ、生まれた曲があのThriller。
このアイデアを元に、ホラー映画仕立てのショートフィルムや、マジックを取り入れた楽しいツアーのパフォーマンスが生まれ、マイケル自身の人生も大きく変わりました。

このエピソードはファンの間ではよく知られていたので、初めて公式にStarlightが聞けることがすごく嬉しかったです。

完成版とは全くちがう「Thrillerの原型」を聞いて、一流の作品が生まれる過程を垣間見れるし、芸術を生み出している人々への感謝を感じました。
メロディーが同じでコンセプトが全く違う2曲ってそうそう聞けない。おもしろい。

"Love can possess you" "Masquerade" "They're out to get you"
など、Thrillerにも原型をとどめている歌詞をたまに発見するとなんだか嬉しい。
当時はホラーっぽいアイデアじゃなかったのに、シンセサイザーを駆使した印象的な伴奏がホラーっぽく聞こえてしまう不思議な気分。

Starlightはまだ仮歌で、気持ちも乗っていなかったかもしれません。
Thrillerの、スキップしているようなイキイキと楽しそうな歌声とは全く違います。
でも、仮歌の段階でに全てのフレーズを丁寧に、綺麗に歌っているところが素敵
そして、

”Give me a starlight tonight"
(Thrillerの”This is the end of your life”の部分)

の歌い方は魂がこもって凄みがあり、とても好き
ポップで鬼キャッチーな神曲を作り、"Starlight"から"Thriller"に世界観を一変させたテンパートンは天才。
そして大先輩の作者に「ありきたりだ」と正直に進言したマイケル、偉い!

Got The Hots (demo)

こちらもロッド・テンパートンの作曲。
Thriller25周年記念盤の日本版に収録されたので、完全な未発表曲ではありません。
Rock With You, Off The Wall, Baby Be Mineのようにスムーズで心地よいメロディー。

この曲の大好きポイントはサビの美しいハーモニーです。
繊細で夢心地になる歌声を聞いているとLiberian Girlを連想します。
マイケルと長年共に過ごしたレコーディングエンジニアのBrad Sundbergは、このような美しすぎるハーモニーを「マイケルジャクソン合唱団(Michael Jackson Choir)」と呼んでいました。

Who Do You Know(demo)

穏やかな日のそよ風みたいに優しい、マイケル作のナンバー。
優しいサウンドと歌声に身を任せると、"I Can’t Help It"や"Butterflies"を聞いている時のように、ふわふわと心地よい空間に包まれて癒されます。

"Do you know her name?"でなく、"Who do you know?"という不思議なワードを連呼するところがマイケルらしい。

サウンドは癒し系だけど、歌詞は「意中の女の子が姿を消してしまった」というちょっと悲しいストーリー。

Who Do You Know
Much Too Soon
I'm So Blue

この3曲でしょんぼり系アウトテイクトリオを結成してはいかがでしょう。

Carousel

可愛い。切ない。ノスタルジックでキュンキュンする大好きな曲。
Michael Sembelloから提供され、スリラーに収録される予定でした。
しかし、のちにクインシーがHuman Natureを偶然発見してしまったことで、最終的に落とされてしまいました。
Human Nature誕生秘話はこちら

歌詞のストーリーとリンクするように切ない運命をたどってしまった歌です。
「この曲がボツになるのは納得できない。でもHuman Natureに負けたなら納得せざるを得ない」と考えているファンは多いでしょう。

「ポップコーンとキャンディーの世界から来たサーカスガールとメリーゴーランドの上で恋に落ちた。
最初からうまくいかないと分かっていたけど、惹かれてしまった。
彼女は僕の元を去り、引き裂かれた僕の心と思い出だけが残っている」

というファンタジックで分かりやすい歌詞です。
もしもマイケルが同じテーマで作詞していたら、もっと謎めいた内容になるでしょう。

We both knew it wouldn't work
But we took our chances

切なくてドラマチックで好きなフレーズ!

Two different people
A love for an instance

シンプルで印象深いCメロの歌い出し。

こんなにカワイくてファンタジックな歌を違和感なく歌える大人はマイコーしか居ない!
表拍にアクセントを付けた前半のシンプルな歌唱と、Cメロの伸びやかでみずみずしい歌唱のコントラストが美しすぎる。

Behind The Mask-Mike's Mix(demo)

今回の未発表曲集を聞いてて一番幸せを感じるのは、Behind The Maskのイントロです。
どこか懐かしさを感じるCarouselのトキメキを残したまま、
ピポパポピポピポ...
と、近未来感のあるサウンドにガラッとイメチェンするワクワク感がたまりません。

Behind The Maskは複雑な経緯をたどった曲です。

  • 1979年に、日本のアーティスト「Yellow Magic Orchestra(通称YMO)」が発表した、演奏がメインの曲。
  • クインシーとマイケルが気に入り、歌詞とメロディーを付け足して録音し、Thrillerに収録しようとした。
  • 版権関係の契約がまとまらずお蔵入りになった。
  • のちにマイケルが歌を付け足したヴァージョンをGreg PhillinganesやEric Claptonがカバーし、好評価を得る。
    (この2人は版権の問題クリアできたんだ。なんで?と思ってるけど詳しいことは知らない。)
  • マイケルの歌声が入った音源は、マイケルが亡くなったあと発表されたアルバム「MICHAEL」に収録された。しかしカオスすぎるミックスでやや残念な印象に。
  • Thriller40周年で、「マイケルのもとで制作されたヴァーション(MIKE's Mix)」が発表された。
今回発表されたアウトテイク集のなかで、異彩を放つこの曲。
  • 他の曲に負けたのではなく、権利関係で発表できなかった。
  • オリジナル版もカヴァー曲も世界的に大ヒットしたので、「もしもThrillerに収録されていたら、もっと壮大な曲になっていたのでは!?」という憶測が絶えない。
  • マイケルが日本人アーティストをカバーするなんて…アツい!!
こういった経緯から、他の未発表曲とは意味合いも注目度も違うのです。

マイケルが存命の頃から、「Michael Jacksonが歌うBehind The Mask」をみんなが聞きたがっていました。

しかし、「MICHAEL」に収録されたヴァージョンは、謎のおしゃれサックスと、ツアー音源からファンの歓声が差し込まれていてチグハグな感じ。
マイケルのビートボックスが強調されてるところはいいけど、全体的にThriller期らしくないアレンジ…
せっかくリリースされたのに喜び半分、がっかり半分のビミョーな結果に終わりました。

今回収録されたのは、マイケルの自宅で行われたThrillerの制作会議で再生されたヴァージョン。
この会議の様子と、Gregが曲を譲ってもらうまでの過程を、Greg Phillinganesがマイケル関連のトークイベントで詳しく語っています。

【マイケルジャクソンお誕生日イベント】Greg Phillinganesのインタビュー翻訳 より「日本人が作曲したBehind The Maskをマイケルが気に入ってアレンジ」

マイケルのミックスでは、YMOの音源が原型に近い形で使用されています。
電子楽器を使った近未来的なサウンドと、ファンキーなベース&パーカッション
そしてマイケルの魅惑的なヴォーカル、謎めいた歌詞がバランス良く調和して非常に良きです。

まじでこのヴァージョンが発表されてよかった。おかげでMICHAEL版で感じたモヤモヤが成仏した。ナムナム。

もしThrillerに収録されていたら、Thrillerの評価、そして日本人アーティストへの評価もさらに上がっていたのでは?
という妄想が止まらなくなってしまいます。

Can't Get Outta The Rain

1978年に制作されたミュージカル映画「Wiz」でマイケルが歌った「You Can't Win」のアウトロとほぼ同じ内容。
フルバージョンのYou Can’t WinはThe Ultimate Collectionに収録されています。

You Can’t Winのアウトロ”Can’t get out of the game”の歌詞が”Can’t get out of the rain”に変更されています。
Thrillerの先行シングルThe Girl Is Mineのカップリング曲として収録されました。
このグルーブが気に入っているようでマイコーはとても楽しそう。
これは曲と言えるのか?
もっと膨らまして別の曲を派生させたかったのか?
謎です。

The Toy(demo)

1982年の”The Toy”という映画からインスパイアされた曲。

この映画は、1976年にフランスで制作されたLe Jouetという映画のリメイクです。
日本ではかなりマイナーな作品で、日本語の情報がほとんどありませんでした。

英語版のWikipediaを参考に、あらすじを要約すると以下の通りです。(ネタバレ注意)

主人公の黒人男性ジャックは、失業し自宅を差し押さえられる危機にあった。地元の新聞やデパートなどを幅広く手掛けるビジネスマン、ベイツ氏に雇ってもらうが、食事の配膳に失敗し解雇されてしまう。
しかし、ベイツ氏の息子エリックはジャックの様子を気に入り「ジャックが欲しい」とねだる。甘やかされて育ったエリックは、遠方の陸軍学校に下宿しており、春休みの帰省中であった。

ベイツ氏はジャックを「エリックの遊び相手」として雇うことにする。エリックはひどいイタズラでジャックを侮辱し悩ませる。そして頭の鈍いエリックの母がジャックを「エリックの新しいおもちゃ」とパーティーで紹介したため、ジャックは耐えきれずエリックの元を去る。

その後ジャックは、エリックに「本当の友情」を教え込むことを決意し、再び一緒に過ごすことにした。しかしジャックには妻がおり、エリックよりも自分の生活や家族の方が大事だった。
エリックはその現実を目の当たりにして苛立つ。

ベイツ氏とエリックの仲は険悪だったが、ベイツ氏はエリックと真剣に向き合おうとした。エリックは話し合いを拒否し、ジャックの元に向かう。
ジャックはお父さんのベイツ氏にチャンスをあげるようになだめて、2人の仲を取り持つ。
最終的にエリックとベイツ氏の関係は改善し、ジャックとエリックの友情も保たれた。

ドタバタシーンが多いコメディー映画で、人種差別などの社会問題も描写しつつ、全体的にはハートフルな内容のようです。
The Toyをさらにブラシュアップした作品が、アルバム”MICHAEL”に収録されたBest Of Joyで、ファンの間ではよく知られています。

感動的で多幸感あふれる「Best Of Joy」のテーマは、恋愛、友情、家族愛どれにも当てはまる普遍的な愛情です。
一方、The Toyは冒頭の歌詞が

I am your toy
I am your boy

なので、元ネタの映画で描かれた友情にフォーカスしたのでしょうか。

シンプルな伴奏にファルセットメインの歌声が映えて癒されます。
とりわけYou are the sunで始まるCメロが美しすぎる

Sunset Driver(demo)

The Ultimate Collectionにすでに収録されていた、ドライブデートを連想させる未発表曲。
クネクネ山道を走り抜けた先に、綺麗な夕焼けが見える場所に来た情景が浮かびます。

テーマが似ているSpeed Demon, She Drives Me Wildと合わせて聞くと、マイケルサウンドの進化が体感できて面白い。

歌詞のプチトリビア 冒頭の”The word is out you’re doing wrong”というフレーズがBadの歌詞とリンクしてます。

What A Lovely Way To Go(demo)

ダントツで一番好きな曲。感動した。
もうこれだけで良い…と言ったら過言
全てのフレーズに魂がこもっていて、外出先でぼーっと歩いてる時にこの曲が流れていたら、知らない人でもふと足を止めて聞くぐらいのパワーがあります。
歌詞の意味が正直よく分からないけど「人生色々と辛いよね。でも前を向いて歩こう」的なメッセージでしょう。

この曲からは、「苦悩と解放」のストーリーが見えます。
とくにCメロの

Ohh…
Gimme a chance babe!

の歌唱は鳥肌が立つ。
パワフルかつ繊細な歌声、綺麗なバックコーラスも相まって感動的すぎる。
Liberian Girlのラスト”Girl”パートや、Earth Songの”AhAhAh……”に通じるものを感じます。
一つのフレーズに全ての感情を凝縮させている。

マイケルのデモらしく、楽曲の音がビートボックスやハミングで表現されているところも醍醐味です。
シンプルなピアノの旋律で、ヴォーカルの美しさが際立っています。
完成版も聞きたいけどデモの良さも捨てがたい。

こんなにパワーがあって美しくて感動的な曲がなんで未発表だったんだ!
BeatlesやQueenに雰囲気が似ていて正統派すぎるから?
でもそんなの関係ねぇっっ
イイものはいいのだ。
今からでも遅くないのでもっと世の中に広がってほしい。

She's Trouble(demo)

未来的&スムーズなヴァースとマッチョ&ワイルドなサビの対比が面白い。
歌詞は「危険で魅力的な女性に翻弄されながら内心喜んでいる」というマイケルらしいストーリー。
全く違和感なくマイコーに馴染んでいます。
ThrillerよりBadに収録されていそうな雰囲気で、Badツアーで楽しそうに歌っている姿が目に浮かびます。